7月の米雇用統計は非農業部門雇用者数が予想外の2.3万人減となり、市場ではFRBの利上げ観測が後退した。同時にトランプ氏がFRB理事解任の動きを再燃させ、中央銀行の独立性に対する不透明感が加わっている。8月6日の米国株はS&P500が0.18%安と小幅反落、米10年債利回りは4.65%と高止まる。一方、日本国債利回りに関するFT記事は「思ったほど高くない」との見方を示唆し、円金利市場の思惑に影響を与える可能性がある。
米労働省が発表した7月の雇用統計で、非農業部門雇用者数が前月比2.3万人減と市場予想(増加)に反して減少した。この数字を受けて、短期金融市場ではFRBの追加利上げ観測が急速に後退したと、フィナンシャル・タイムズ(FT)は報じているUS economy unexpectedly sheds 23,000 jobs in July。この結果は米景気のモメンタム低下を示唆し、前日の米国株市場ではダウ工業株30種が0.85%安と相対的に大きく下落する一方、ハイテク株比率の高いナスダック総合は0.06%安とほぼ横ばいで、セクター間のばらつきが目立った(8月6日終値)。
さらに、FTはトランプ前大統領がFRBのリサ・クック理事の解任を改めてほのめかしたと伝えているTrump revives threat to sack Fed governor Lisa Cook。最高裁判所が6月に当該理事の地位を認める判断を示した後の動きであり、金融政策運営の独立性を巡る政治的な圧力が強まっていることを示唆する。
国債市場では、8月7日時点の米財務省データによると、2年債利回り4.19%、10年債4.65%、30年債5.19%と、短期から長期まで高水準が維持されている。一方、FTの別の記事では、日本国債(JGB)利回りについて「思ったほど高くない(Maybe not as high as you think)」というタイトルで、何らかの需給要因や市場構造の変化を示唆する分析が行われているようだThe curious case of the Japanese government bond yields。為替市場では、ドル円は8月5日時点で157.54円(東京スポット中心相場)と高水準だが、本稿作成時点ではその後の値動きは未確認である。WTI原油先物も8月3日時点81.96ドルと古いデータしかなく、イランの石油輸出停滞Iran’s oil exports stall and Kharg Island idles under US blockadeやUAEのOPEC離脱Gulf’s ‘Little Sparta’ takes on the oil worldといった地政学的な供給リスクが原油価格に与えた影響を現時点で評価することは難しい。
総じて、米雇用統計の下振れを軸に、市場は景気減速とFRBの政策運営に対する不確実性を織り込みつつある。日本市場においては、JGB利回りの評価見直しとドル円の方向感が、今後の金利・株価双方に影響を及ぼすと考えられる。
<3つのペルソナへの含意>
まず、日本株アナリストにとって、今回の米雇用統計の下振れは、輸出関連株や景気敏感株に対する短期的な逆風となる可能性がある。8月6日のダウ平均が0.85%安とS&P500(-0.18%)やナスダック(-0.06%)に比べて大きく下落したことは、景気サイクルに敏感な銘柄への売り圧力が強まったことを示唆する。日本の輸出企業、とりわけ自動車や機械セクターでは、米国景気の減速が収益見通しの下方修正につながりかねない。一方で、ナスダックが底堅かった点は、AIや半導体などハイテク分野への資金逃避が続いている可能性を示し、日本の関連銘柄にはむしろ追い風となるかもしれない。ただし、為替のドル円が8月5日時点で157円台と歴史的な円安水準にあったことを考慮すると、仮に米利上げ観測後退でドルが下落すれば、為替差損への警戒も出てくる。実体経済の減速と為替の変動が複合的に作用する点に注意が必要だ。
次に、円金利トレーダーにとって、最大の関心事は日銀の政策変更とJGBイールドカーブの先行きである。FTの記事「The curious case of the Japanese government bond yields」が示唆するように、市場で認識されている以上にJGB利回りが上昇しにくい構造があるとすれば、長期金利の天井感が意識され、超長期債の買い戻しが強まるシナリオも想定される。具体的な内容は本文未取得のため定かではないが、例えば国債の需給要因(日銀の買い入れや海外投資家の動向)や、スワップスプレッドの歪みなどが指摘されている可能性がある。米国金利が高止まる中でも、日本独自の要因でイールドカーブのフラット化が進むかもしれず、金利スワップや先物を用いたポジション戦略の再考を迫られるだろう。また、米雇用統計後に短期金融市場で利上げ観測が後退したことは、日銀の追加利上げに対するハードルも下げる方向に働く。8月5日時点のドル円157円台は、輸出企業の業績にはプラスだが、輸入物価を通じた国内インフレ圧力は依然としてくすぶり、日銀のジレンマは続く。なお、日本銀行は7月分のコール市場残高を公表しているが、本稿ではデータ未取得のため詳細は触れられないものの、短期金融市場の流動性指標として、日銀の翌日物金利誘導目標の達成度合いを占う上で重要であるコール市場残高(7月)。
最後に、日本株ストラテジストの視点では、今回の米雇用統計は、グローバルな資金フローに二つの相反する影響を及ぼすとみられる。一つは、景気減速によるリスクオフの動きで、海外投資家が日本株を含めたリスク資産のポジションを縮小する可能性だ。もう一つは、FRBの利上げ停止ないし利下げ期待が高まることで、バリュエーションの支えとなる金利低下の恩恵だ。特に、日本株はバリュー株の比率が高く、割安感から逆に買い戻しの対象となることも考えられる。実際、8月6日の米国株のセクター動向を見ると、景気敏感株が売られる一方でハイテクが底堅く、日本でも同様の選別物色が強まるかもしれない。さらに、FTが報じたトランプ氏によるFRB理事解任の動きは、中央銀行の独立性に対する市場の信認を揺るがし、リスクプレミアムの上昇を招く要因となる。これが長期金利の乱高下やドル不安を惹起すれば、日本市場にも波及しよう。
<見落とされがちな論点>
市場参加者の多くは、米雇用統計そのものの数値に注目するが、その背後にある構造的なシグナルを見落としてはいけない。今回の雇用減は、単月のノイズかもしれないが、もしこれが景気後退の初期サインだとすれば、今後の経済指標で確認される前に、CTAやリスクパリティ戦略のポジション調整が先んじて起こる可能性がある。特に、夏場の薄商いの中でのレバレッジドファンドの解消売りは、為替や金利、株価のボラティリティを増幅させやすい。CTAがドルロングや米国株ロングに偏っていた場合、それらの巻き戻しはドル円の下落と米国株の一段安を招き、日本市場にも連鎖的なリスクオフが伝播する経路に警戒が必要だ。
オプション市場のポジションでは、ドル円の157〜160円台にコールオプションの買いが集中していたとすれば、その巻き戻しが円高方向への動きを加速させる「ガンマ・スクイーズ」現象が起きるシナリオも警戒すべきだ。来週以降、米国債入札や日銀の国債買入オペの結果次第では、JGB市場でショートカバーが起こり、超長期金利の急低下と円高が同時に進行するリスクも考えられる。また、8月は日本の機関投資家による外債投資のフローが季節的に減少する傾向にあり、需給面から円高圧力が高まりやすい点も留意したい。
地政学的な供給懸念は原油価格の不透明性を高めている。イランの石油輸出停滞や、UAEのOPEC離脱による増産方針は、中長期的には供給過剰と価格下落をもたらすかもしれないが、短期的には米国の海上封鎖が現実化すれば一気に供給逼迫へと振れる。WTIは8月3日時点81.96ドルと、足元の価格が確認できないが、もし90ドル超への急騰があれば、日本の交易条件悪化とスタグフレーション懸念が再燃し、日本株の重石となる。逆に、原油価格が落ち着けば、エネルギー高に苦しむ企業の利益改善が期待でき、内需株の見直しにつながる。
最後に、制度的な注目点として、米国ではデジタル資産に関するクラリティ法(Clarity Act)の成立の行方が、FTの記事Passing the Clarity Act on digital assets is a matter of national securityで国家安全保障上の課題と指摘されている。これは暗号資産市場の規制環境を整備し、法定通貨ベースの決済システムとの競合関係を変化させる可能性があり、中長期的に金融市場の資金フローに影響を及ぼすだろう。日本でもステーブルコインの規制やデジタル円の議論が進む中、こうした米国の立法動向はキャッチアップが必要だ。