9月1日の米国市場では、米軍によるイラン攻撃とイランの報復表明で中東リスクが急拡大。下院は暫定歳出法案を可決し政府閉鎖を当面回避。米10年債利回りは4.79%、30年債は5.27%と高水準。地政学リスクによる安全資産需要と原油高のインフレ懸念が交錯し、金利の方向感は不透明。市場は財政と地政学の複合要因を織り込みつつある。
米財務省が公表した9月1日時点のイールドカーブでは、2年債4.39%、5年債4.55%、10年債4.79%、30年債5.27%と、10年−2年で40bp、30年−2年で88bpのスティープな形状にある。当日は米軍によるイランへの攻撃とイランによる報復表明が伝わり、ホルムズ海峡周辺での船舶・米軍要員への攻撃を契機とした軍事行動が中東情勢を緊迫化させた(CNBC)。これにより原油供給懸念が意識される一方、安全資産としての米国債には買いが入りやすい地合いとなる。
同時に、米下院は暫定歳出法案を可決し、11月中間選挙後までの政府閉鎖を回避する方向となった(CNBC)。財政の短期的な不確実性は後退するが、共和党強硬派の反発が残る中で、予算を巡る与党内対立は債務上限や歳出削減交渉へ持ち越される可能性がある。金利市場では当面の政府閉鎖リスクが剥落する一方、地政学リスクによる原油高がインフレ期待を押し上げる経路と、景気下押しによる利下げ期待の双方が意識されやすい。
なお、株式市場ではS&P500が前営業日比0.33%安の7,686.14、NASDAQ総合が0.12%安の26,370.89(8月31日時点)と小幅安。ダウ工業株30種は9月1日に0.79%安の52,766.88と、地政学リスクが下押し圧力となった。ドル円は8月28日時点の東京市場スポット中心相場で159.36と円安水準だが、最新値は未確認である。WTI原油は8月25日時点で83.9ドルと、中東リスク顕在化前の水準に留まっており、この後の上振れは未確認。今回の収集情報にはFOMC関係者の発言や経済指標の公表は含まれておらず、金融政策の方向性そのものを変更する材料は確認できない。
(a) ペルソナ別の含意
日本株対象ヘッジファンドのアナリスト
中東リスクは原油高を通じた企業業績の圧迫と、安全資産シフトによる円高リスクの二面性を持つ。ただしドル円は8月28日時点で159.36と円安水準にあるため、輸出採算には追い風となる一方、エネルギーコスト上昇は電力・化学・運輸などに逆風となる。米30年債利回り5.27%という高水準は、ハイテク・成長株のバリュエーションに重石となり、S&P500が小幅安、ナスダックが下落する地合いと整合的である。日本株では半導体・AI関連の連れ安と、資源・商社・防衛関連への資金シフトが想定される。特に米国ハイテクのアンダーパフォームが続けば、東証グロース市場のバリュエーション調整が長期化する可能性がある。
円金利トレーダー
米10年4.79%、30年5.27%という水準は、タームプレミアムの拡大を示唆する。地政学リスクによる安全資産需要があれば米金利には低下圧力がかかるが、原油高によるインフレ期待上昇が長期ゾーンのブレークイーブンを押し上げ、名目金利の下値は限定的となる。ドル円の159円台と米金利の組み合わせは円債キャリーの魅力を維持するが、為替ヘッジコスト(クロスカレンシーベーシス)は中東リスクでドル調達需要が高まれば拡大しやすい。日本国債イールドカーブは米国長期金利のスティープ化に連動しやすいが、日銀の政策据え置き観測が続けば超長期ゾーンの追随は限定的となり、日米金利差は高止まりする。円金利スワップのイールドカーブも、米長期金利の上振れに追随する局面ではヘッジ需要が増え、30年スワップスプレッドが拡大する可能性がある。
日本株ストラテジスト
政府閉鎖回避は米国の景気下押しリスクを後退させ、日本株の外部環境としては好材料となる。一方で中東での軍事衝突が長引けば、リスクプレミアムの上昇と原油高が世界景気を圧迫し、輸出主導の日本株EPS予想に下方修正圧力がかかる。特に米国ハイテクのアンダーパフォームが続くと、東証の半導体・AI関連バリュエーションの調整が続く可能性がある。投資家はディフェンシブ・高配当・エネルギー上流へシフトする可能性が高く、TOPIXと日経平均のパフォーマンス格差が拡大しやすい。海外投資家の資金フローは、米長期金利の高止まりが続く限り日本株へのオーバーウェイト拡大に慎重になるとみられる。
(b) 拡張考察
米金利の方向性は、従来の金融政策データに加えて、地政学リスクと財政ファンクショニングが変数に加わった状態にある。イラン攻撃の直接的な影響は原油供給懸念だが、実はホルムズ海峡の通航リスクが世界のLNG・石油輸送に与える影響は、インフレ期待だけでなく、ドル調達需要の増加を通じてクロスカレンシーベーシスを拡大させる。これが日本の機関投資家の外債投資の為替ヘッジコストを押し上げ、日本からの米国債投資の採算を悪化させる可能性がある。30年債5.27%という高水準は長期投資家には魅力的だが、為替ヘッジ後の円建てリターンはベーシス次第で大きく変わる。
また、米下院の共和党強硬派の反発は、11月の中間選挙後にさらに大きくなる可能性があり、債務上限問題が再燃すれば短期国債市場でレポ金利の乱高下や、TB市場での選択的デフォルト懸念が生じる。2023年の債務上限問題の再来も視野に入る。今回の政府閉鎖回避は暫定措置であり、年末から来年にかけての歳出協議で、国防費と社会保障費の配分を巡る対立が財政リスクプレミアムを再拡大させる可能性がある。米30年債利回りは5.27%と既に高く、財政プレミアムの上乗せがさらに進めば、ピボット期待の後退とともに実質金利が押し上げられ、株式のリスクプレミアムと競合する水準となる。
(c) 見落とされがちな論点
ポジショニングでは、CTAは株式のショートを積み上げている可能性がある。中東リスクの発生でボラティリティが上昇し、S&P500のガンマは下落方向に傾きやすい。オプション市場ではプットの買いが増え、ディーラーのヘッジ売りが株価下落を増幅する。日本株もVIXに連動して変動率が上がりやすく、リスクパリティのレバレッジ解消がグローバルに波及する可能性がある。
米国債市場では、地政学リスク時に安全資産買いが入る一方で、原油高によるインフレ期待上昇がTIPSブレークイーブンを拡大させ、実質金利の低下と名目金利の高止まりが併存する。これが金利ボラティリティ(MOVE指数)を押し上げ、スワップションや債券オプションの再評価を促す。円金利市場では、日本の投資家が米国債に投資する際、為替ヘッジコストがクロスカレンシーベーシスで決まるが、中東リスクによるドル調達逼迫でベーシスが拡大すれば、外債投資の魅力が減退し、国内債への資金回帰も見込まれる。
さらに、米国の政府閉鎖回避は米国債の信用リスクを低下させる一方、歳出法案に付随する政治的分断を示す動きは市場の財政運営の質への懸念を徐々に織り込ませる。シーズナリティでは9月は米国株にとって季節的に弱く、CTAの売りや企業の自社株買いの減少も重なり、リスクオフが続きやすい。こうした需給面の圧力が米長期金利の上昇を抑制し、イールドカーブのスティープ化を一時的に緩める可能性もあるが、財政リスクと地政学リスクが構造的に残る限り、タームプレミアムの高止まりは続くとみられる。